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2007年12月30日

年の瀬に寄せて〜大いなる挑戦の年でした〜

27日に市役所に届いた手紙には、
すでに「謹賀新年」と封筒にあり、
「新年おめでとうございます!」という出だしで
始まっているものもありました。
議員は年末には市役所には行かないのだと
思われているのかな、と訝しみつつ、
28日はいわゆる「仕事納め」で、
市役所もお休みになりました。
市役所内議員控室の自分の机をせめて
整理・掃除しようと思っていましたが、
簡単な拭き掃除位しか出来ませんでした。

12月議会が終わってホッとする間もなく、
やらなくてはいけないことがドッと押し寄せてきます。
目標設定が高すぎるのか、あるいは見通しが甘いのか。
この時点でもまだまだ仕事が残っています。

「今年はいい年になりましたね」と声をかけて頂きます。
昨年の今頃の「心細さ」を考えると、
一年でその心細さは無くなりましたが、
違った意味で背負うものの大きさをかみしめています。

私自身選挙にでることに最後まで逡巡していました。
組織もお金もなくあるのは「想い」のみという
政治の世界に素人の自分で果して勝てるのか。
今までも「生き難さ」を感じ四苦八苦しながらも
試行錯誤を重ね、その都度なかなか構造が変わらない
もどかしさを失望とともに何度も経験していました。
しかしそれでは駄目だ。窮屈さを感じている人の声を
顕在化してつないでいく役目が、
もし私に出来るのであれば勇気をだしてみよう!
10代の頃、宝塚歌劇という世界に憧れ、
宝塚音楽学校を受験した時以来の大いなる挑戦の年でした。

宝塚の舞台は多くの人の力があってあの夢の世界が創られる。
政治という世界も、ひとりで出来ることも多いけれど、
ひとりひとりの力が集まればより大きなパワーとなる。
そしてよりよい方向へと社会は変わる。
今もそう信じています。
その「この指とまれ」の役割をできたら、と
政治の世界を志しました。
宝塚との類似点を選挙の時から感じつつ、
宝塚という世界に入った時と決定的な違いがあります。
音楽学校には「コーラス」の授業があり、
「すみれの花咲く頃」を最初に練習しました。
この歌を歌いながら、憧れていたこの世界の住人に
なれたのだとしみじみ感じては嬉しくて
思わず泣いた記憶があります。
しかし、選挙に当選した時の自分の中の感情は
奇妙なものでした。
勝つという結果が出て、応援してくださった方々の
顔をたてることもでき、嬉しいはずなのに、
その感情よりも多く支配するものがありました。
「すみれの花咲く頃」を歌いながら
幸福感に浸るような余裕は、
一年生議員・中島かおりにはありません。
この半年度々口にしてきましたが、税金から報酬を頂くという
初めての経験がかなりプレッシャーになっています。
でも、このことを決して忘れなければ、
「中島かおり」に期待してくださる思いや声を
忘れることはないはずといつも肝に銘じています。

ようやく少しは慣れたかな、といえるのに半年かかりました。
6月11日からの任期が始まり、
半年(4年という市会議員の任期の8分の1にあたります)
経っても尚、想像していた議員像と現実の乖離に
悩むことも多い日々ですが、選挙にあたって、
議員になってから、たくさん差し出された手を忘れることなく、
多様性を認め合い、選択肢を増やし、
参画と協働のもと住みやすい社会へと、
ただ突っ走るだけではなく常に初心を心に秘め、
頑張っていきます!

一年生議員の大いなる挑戦はまだまだ続きます!
posted by 中島かおり at 21:00 | かおり通信
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