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2009年12月29日

大塚薬報

ルキウス・アンナエウス・セネカ
(ラテン語: Lucius Annaeus Seneca)

定期購読している本の1月号が届いた。
ぱらぱらとめくってはみるが法律や制度など難しい。
じっくり読む時間もなく、次の機会にゆずって閉じようとしたところ、
セネカの『人生の短さについて』触れているページに
手がとまった。

人生は使い方を知れば長い
確実な過去を教材に、生き方と死ぬことを学ぶ。
そこには、安定した心の自由がある。
毎日毎日を最後の一日と決めて生きれば、
「ありがとう」「ごめんなさい」が素直に言えるだろうし、
実際自分でも試みたことは一度や二度ではない。
しかし、自分自身の過去を教訓に学ぶことが如何に難しいか。

ただ、セネカがいうところの「人生を安全圏内に置け」
ということにはすぐには賛同できない。
その真意が理解できているとは思わないが、
「政治家」としてはそのことを求めないが故に、
己もまた刹那的なものを「政治家となった自分」にあてはめようとしている。

それでも今日、自分自身に凍りつくような感覚を覚えた。
政権交代がおこり劇的に変わりつつある時代にもかかわらず、
根本的なものは変わっていないのではないか。
国でも芦屋市においても。
政治家はもっと足元をみつめ、自らを律しなければならないのではないか。
そのように語る人の言葉に、思わず上を向いてしまった。

サヨナラホームランも日常の練習によるものだ、と
日常を大切にすることを今年のテーマとしていました。
にもかかわらず日々時間に追われる中で、
「一生懸命さ」を欠いたことはなかったのか。
「ここまで」とあきらめてしまったことはなかったのか。
そして何よりも「保身」を「政治家としての自分」に
あてはめたことはなかったのか。

「使い方を知って長い人生」を生きようとは思わない。
が、過去に学び、政治家としての生き方と死に方を
考えていかなければなりません。
選挙を通じて学んだことがありました。
公人であるが故に選挙を手伝うということは
議員になる前よりも慎重でなくてはならない。
「保身」が手伝った人間への不信感よりも上回るということも
平気であり得るのだと、
悲しく情けなくなりつつも、
中島かおりは自らの甘さを猛省しつつ、
「政治家」としての模索を見極めていかなければならない。
私自身への信頼は決して裏切らないことも肝に銘じなければならない。
ただ、これだけはいえる。
芦屋市のことを想う気持ち、
優しい生きやすい社会となることを願う気持ちは
誰にも負けないこと。
誓って胸をはって言える。
そして、今日、そのことを信じてもらえて嬉しかったです。

芦屋市議会議員 中島かおりホームページへのリンク









posted by 中島かおり at 17:35 | かおり通信
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