blog_notice_20190702.png

2011年05月16日

震災ボランティア―その1―

新大阪から仙台まで新幹線を乗り継いで、塩釜市というところに向かいました。
東京から東北地方への新幹線は、臨時ダイヤです。

東京は「節電」の関係で、多少薄暗い感じを受けましたが
仙台はかえってそのような感じを受けなくて少しほっとしました。

このまちの人には「日々の生活」がある中、
寝袋など荷物を持ち、いかにもというような格好をして私が歩いている姿を
16年前、反対の立場で見ていたのだな、と。

自身の気持ちが、16年前の阪神・淡路大震災の被災者だった時に急に戻り
何ともいえない気持ちになることは、想定外だったように思います。

カメラを持参するも、かばんからだすことに躊躇していましたが、
二か月近く経っても尚大変な状況であるということを多くの人にわかってもらいたいのです
という言葉に何回か遭遇しましたので
写真も掲載させて頂きます。

お手伝いをさせて頂いた方々にお許しを頂いて撮影させて頂いています。

塩釜市のボランティアセンターでどのようなニーズがあるのか確認して
お手伝いをするところへ向かいます。

水を含んだ土、泥、というかヘドロがこのように重いものだとは思いませんでした。

これらを、土のう袋に入れていきます。

IMG_4758.JPG IMG_4759.JPG IMG_4760.JPG

初日からかなりの力仕事でよれよれ状態です。

IMG_4761.JPG

個人のお宅、お店のお片づけ、瓦礫処理なども。

IMG_4767.JPG IMG_4766.JPG

やはり土のう袋に入れて、ごみとして出します。
翌日、ごみはなくなっていました。

IMG_4774.JPG

瓦礫をこの袋に入れていくのも大変な力が必要です。
泥の重さも体験しましたが、瓦礫の重さもまた大変な重さです。
袋いっぱいに入れてしまうと持ち上げることができなくて、
ひきずらないと移動させることができません…。

IMG_4768.JPG IMG_4769.JPG

芦屋市議会議員 中島かおりホームページへのリンク

posted by 中島かおり at 23:42 | かおり通信
hp-banner2.jpg