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2012年08月04日

宝塚市長

支えあいのまちづくり

宝塚市長 中川 智子 氏

芦屋市の70周年記念行事の時にもお越し頂きました。


思いがけず、お話しの半分は

阪神・淡路大震災

に関連することでした。

そう、思いがけず…。

1995年1月17日に芦屋で被災した当時の記憶に戻るのです。
こんなに月日が経つのに…。
このような時、心はいうことをききません。
拭っても拭っても涙も出てきます。

被災者の人たちが当時よく、自分が死んでいればよかった…。
そういって多分ご自分を責めていたのだと思いますが、
中川市長がそのようなお話しをされた時に、笑い声がおきました。

自分が生き残ったことに罪悪感を覚え
あの人よりは、自分が死ねばよかった。
あるいは、あの地震で死んでいればよかった。
そのような思いを持たれた方は少なくはないと思います。
私自身も、何年経とうと思うことがあります。
だからこそ、生かされた命を大切に生きていかないといけない。

それなのに、どうして笑い声だったのだろうか。
どこの議員だろうか。
そして、私の隣ではスマートフォンを触っている議員に気付きました。
阪神間の議員なのに、この人は当時被災しなかったのかな。
そんなことより、「今」が大事で、スマートフォンなのかな。

議員って何なのかな。

永遠のテーマです。

芦屋市議会議員 中島かおりホームページへのリンク

posted by 中島かおり at 18:57 | かおり通信
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