午前中勉強会に出かけて、
そのままバスで総合公園へ。
ティフトン芝のポット苗の植え付けをご一緒させて頂きました。
教育長のご挨拶の後、
耕したら石が出てきたらしく、植付の前に、15分程、全員で小石を取り除きました。
写真をよく見て頂いたらわかるかもしれませんが、
開始前に、小さな赤いしるしのある札が等間隔に立ててあり、
その札を取り除いて、土を掘ってそこに芝生の苗を1株ずつ植えていくのです。
こちらの写真が出来上がったところです。
1株が20〜30位だったでしょうか。
入れ物に入れてあり、そこから1株ずつ取って植えていきます。
しかし、特に決まっているわけではないので
皆、思い思いのところから始めるため
札の赤い目印が残っている箇所があったりします。
ある男の子がそういう所を見つけて丁寧に植えています。
そういうところに気が付いて、きっちりして、丁寧にきちんと物事を進めるのは偉いな、
と感心していました。
その子が、ここおかしい!と言うので見てみると、
確かに芝生の苗が何株か一箇所に植わっています。
例えばの例で恐縮ですが、チラシやティッシュを駅で配っている人がおられますが
一度に何枚か一緒に渡しているイメージです。
しかも、きちんと植えられていません。
「根」を土の中に入れないと、日光にあたって芝そのものが枯れてしまうのです。
ふと見ると、いくつかそのような個所が見つかり、
その子と一緒に、それをわけて植えていました。
「根」をきちんと隠して植えてあげないと、芝生は死んでしまう!
それは生き物を殺すことだよね。
そんなことしちゃいけない!
と、一生懸命掘って植えているのです。
何て健気で、生き物への優しさを持っているのでしょうか。
感動しながら、ずっとかがんだまま作業をしているので痛くなった足のことを忘れて
一緒に没頭しました。
とうとう、もっとすごいことが起こりました。
何十株か入っている入れ物はなくなっているのですが、
端っこの方に何十株か芝生の苗のその塊がいくつかそのまま放置しているのを見つけたのです。
「例えばの例」でいきますと、チラシやティッシュを配るのが大変なので
入れている箱を、「好きに取って下さい」とばかりに放置するか
捨ててしまうか、といったイメージでしょうか。
そんなことをしたのが大人なのか子どもなのかはわかりませんが
明らかにずるいことをしている、というイメージです。
愕然としつつも、ふと見渡すと、休憩している人も半分以上いるような感じで
かなり植付が終盤にさしかかっている様でしたので、
二人では無理だと判断し、
他の人にもお手伝いしてもらいましょう!
と、人が集まっている所に持っていって、事情を説明して
他の人にも手分けして手伝ってもらいました。
その後、用意があるというペットボトルのお茶を頂きに行くと、
数が足らずに?もうないのです!
「年寄り順にもらったけど!」と他の議員さんはすでに飲み終えています。
「お茶があたらないほど、一生懸命最後までやって…どんくさい!」
「要領が悪い…」
中島かおりの場合は、そんなところかもしれません…。
大人はいいのです。でも子どもはいけません!
芝生の苗を放置してさっさとお茶を飲んで休憩している子がいたとしたら
芝生が死んでしまう!殺人といっしょ!そんなことしちゃだめ!
と一生懸命やっていたT君がお茶をもらえない、というのは
あまりに、理不尽なことです。
そのように一生懸命にやっている子が、「正直者が馬鹿を見る」
といった世の中であってはいけない!
と、憤ってしまった次第です。
生き物に対する優しさや、
物事に真摯に取り組む姿勢など。
社会の中で、よい循環を生むようなことを阻むことがあってはいけません。
多分、子供たちは素直で、優しくて、心配りができるいい子たちばかりなのですが、
たまに、そうではない子もいるのかもしれません。
暑くて大変でしたが、
そのT君に感動し
大人として「よい勉強」をさせて頂きました。
大人としての責任
にプラスして、議員としてももっともっと責務を自覚して果たしていきたい、と
心に秘めながら、帰りのバスの中の涼しさに、
気持ちも冷静さを取り戻していきました。
芝生がきちんと育ちますように♪
芦屋市芝生化実行委員会の皆さま、お疲れさまでした。
ありがとうございました。
